戦後、住職や檀家信徒のたゆまぬ努力により復興した古刹
寶性寺

3尺角墓所300万円(+御入檀料10万円)
室町時代末期武蔵国多摩郡船橋村(現在地)に草創された。文禄元年(1592)徳川家康公の旗本山本与次左衛門政法(山本勘助従兄弟の二代目)が、多摩、荏原、都築三郡の内百五十石の菜地を与えられ船橋村に陣屋をかまえ、同時に、当寺を祈願寺として堂宇を建立し代々舟橋村の領主として、当寺を外護してきた。しかし、六代政矩が甲府城内で刃傷におよび、享保十五年(1730)すべての領地を没収されてしまい、外護を失った当寺は、荒廃の一途を辿った。昭和三十三年、先代御住職龍憲師が甲府の地より晋山し、当時40歳半ばにあった龍憲師のたゆまぬ復興への努力に、檀信徒家の信施を得て、現在の古刹というにふさわしい山容を整えるに至った。

東京都世田谷区舟橋4-39-32
【電車をご利用の場合】
小田急線千歳船橋駅より徒歩15分
京王線八幡山駅より徒歩25分
【お車をご利用の場合】
環状8号線上高井戸1交差点より瀬田方面に約200m千歳台の次の交差点を左折し右手公団希望ヶ丘団地裏手